清華大学 Schwarzman Scholars 留学記

2019年9月より清華大学(Schwarzman Scholars)に留学。日々感じたことを綴っていきます。

中国のオンライン教育-教育格差は是正されるのか?

前回はオンライン教育を受けてみての個人的な感想を書きました。
今回はもう少し視野を広く、コロナウイルス感染拡大によって中国のオンライン教育にどのような影響が出ているかを考えてみたいと思います。

中国では先月末ごろから、徐々に学校は再開されているようですが(※4/27より上海市では高3&中3は登校が認められました)、完全に元に戻るまでは時間を要するでしょう。いくつか読んだ記事・論文を紹介しながら、以下、簡単にまとめてみました。

 

●都市と地方の教育格差
中国の都市と地方の教育格差は、かねてから指摘されている問題です。
2011年のChina Sourceの記事によると、上海などの都市部における教育はOECD諸国でもトップレベルとされるようですが、農村部になると授業や教師の質が落ちるばかりでなく、農作業の手伝いのためにそもそも生徒の出席率が低くなる傾向があるとのこと。2013年のCNNのニュースでも同様の指摘がされています。

スタンフォード大学のLi Hongbin教授、Scott Rozelle教授等が発表した2015年のレポート”Unequal Access to College in China: How Far Have Poor, Rural Students Been Left Behind”によると、地域別の大学進学率には格差があり、貧富の差以上に地域の差が大きいとの結果が出ています。これは、都市部の若者はたとえ貧困層の家庭であっても、比較的親が(肉体労働者ではなく)専門職に就いている割合が高いことが一因ではないか、と分析されています。

また、2014年のNYTでも、北京大学清華大学に入る学生のうち、農村部出身者は減少傾向にあると報じています。また、エリート大学は北京や上海のような一級都市からの学生に高い入学枠を割り当てています。

在北京の学生は、(農村が多い)安徽省の同レベルの学生と比べ、北京大学に入学できる可能性が41倍高いという調査結果も示されています。農村部の学生からすると、都市部の質の良い教育を受けている学生に勝てる見込みは低く、結局大学受験をするよりも働きに出る方がリターンが大きいと考える傾向にあるようです。

 

都市部の方が教育の質が高いなら、引っ越して都市の学校に通っちゃえばいいのでは?とも思えますが、これもまた難しい。中国では戸口(Hukou)という戸籍のシステムがあり、戸口に登録された場所と、受けられる社会保障や公共サービスと紐づいています。結果、農村部に戸口がある移民の子供たちが都市部で教育を受ける場合、都市部の戸口所持者よりも高い授業料を払わされたりします。戸口についてはまた別の機会に書きたいと思います。

 

●オンライン教育によって、中国内の教育格差は縮小するのか
そこでコロナウイルス感染拡大による、オンライン教育の拡大が進んでいきます。中国では1月後半から中国政府より閉校の指示が出されています。スローガンは「停課不停学」。休校中でも学びは止めない、ということです。

 

オンライン教育は、場所ごとの教育格差を縮めるという意見があります。確かに、オンライン教育ではネット環境さえあれば、質の良い授業にアクセスできる機会は増えます。今年2月のSupchinaによると、例えば陝西省では、国のカリキュラムに基づく授業がそれぞれの専門の教師によって録画され、オンラインで無料で視聴できるとのこと。初めて省全体で、質の高い授業を受けられることが実現したのです。

 

しかし、実際のところは格差が縮小どころか拡大するのでは、という論調の記事が多い印象です。それはなぜか。ネット環境や家族構成、両親の仕事といった要素が関係してくるからです。
2020年3月のNYTでは、農村部や出稼ぎ労働者の家庭では、家庭内で一人一台スマホが持てず、父親が仕事中にスマホを使わざるを得ないケースもあると述べられています。通信環境の良い場所で授業をうけるため、何時間もかけて授業を聞くこともあるようです。また、両親が共働きの出稼ぎ労働者の家庭では、祖父母が面倒を見る場合が多く、祖父母がスマホ慣れてしていないのでサポートできないという現象もあるようです。

3月のEconomistでは"How the Virus Kills Dreams for Chinese Teens"という些か衝撃的なタイトルで中学生の現状を報じています。ポイントは、中国において中考(Zhongkao)、すなわち高校入試が人生を左右しかねないものであること、そして中考の対策において、オンライン教育の格差を更に拡大していること。

中国の高考(Gaokao)は割と有名ですよね。大学入試、日本でいうセンター試験のようなものです。非常に競争が過酷で、人生大一番の勝負のように語られることもあります。
しかし上記のEconomistの記事では、そもそも良い大学に入るためには、良い高校への入学、というスタートラインに立つ必要があると指摘しているのです。

オンライン教育への移行後は、ネット環境や持っているパソコンのクオリティ、また家庭教師がいるかいないかの差が顕著に表れます。例えば、輔導君Fudaojun)というオンライン家庭教師のアプリのユーザーは昨年比で72%増加したようです。輔導君は40分150元(約2,300円)と家庭教師にしては安価ですが、低収入の家庭にとっては厳しい額でしょう。恐らく増加した分の多くは都市部/中流以上の家庭ではないかと思います。結局、教育格差は家庭の収入格差や環境の格差を反映したものになっているのが現状でと言わざるを得ません。


●オンライン教育は拡大するのか
では、このオンライン教育、コロナ収束後も中国で拡大を続けていくのでしょうか。
コロナ発生以前から、AIやテック系教育は拡大傾向にあります。2020年3月のThe Diplomatでは、昨年には国務院がAIやテック系教育支援に計60億USDを投じたこと、また中国の教育系関係企業に対する投資額(2014~2018年)は、米国、EU、インドを合わせた金額の1.5倍に達したことを指摘しています。また、教師にとっても、同じ内容の授業を何度もしなくて済む、採点にかける時間を短縮するなどの利点があるとのこと。


しかし、学校が本格的に再開した際に、オンライン教育が引き続き幅広く利用される見込みは薄いのでは、と論じています。EdTech関連の専門家やBeverly English(中国人向けオンライン英語教育)の創立者の発言から、あくまで中国の人にとってはオンライン教育は日常的な生活の代替手段であり、劇的かつ長期的な需要拡大には至らない、との見方を示しています。

 

オンライン教育は教育の質を平準化する役割はある一方、結局はスマホを持っているか、ネットは通っているか、親がしっかりサポートできる環境か…といった要因により、結果的には教育の格差は拡大傾向にあると言えそうです。

コロナ収束後はオフラインに回帰していくと思いますが、今回のコロナ禍で拡大してしまった格差が少しでも縮小されること、またそのための農村部へのネット環境整備や、質の改善等に政府も力をあげて取り組むことが求められそうです。